それは自分が留学中のことでした。修士論文で日本企業へのインタビューをしなければならなくなり、東京滞在のコストを抑えるため、東京の親戚の家に泊めてもらうことになりました。23区内で、最寄り駅までも歩いて5分なので、どの企業に行くにも便利で、3週間くらい居候させてもらったのですが。鍵をわたしてもらい、好きな時間に出入りしてねと言ってもらいました。久々の日本だったので、東京に仕事で来ている友人たちに夜は日替わりで会ったり、その親戚にも外食に連れて行ってもらったりで、楽しく過ごしていたのですが、ある日、渡された家の鍵を紛失していることに気が付きました。最初は、カバンか、泊めてもらっている部屋のどこかにあるだろうと、楽観的に考えていましたが、やはり探してみてもないのです。しかも、家族みんながテニスに行き、わたしが一人で家にいる場面がやってきました。
「ご飯は好きなところに食べに行ってね。もちろん、うちのカレーの残り物でよければそれでもいいけど。そうそう、髪がぼさぼさだから、いい機会だから切っておいでよ。わたしの使っているサロンに連絡してあげるから。腕は確かだよ」とか言われて、これは隠していられない、と鍵をなくしたことを話しました。ちょっとびっくりされましたが、そこは親戚という手前、怒るでもなく、ため息をつかれながら「そう‥‥じゃあ鍵をかえるわ。だって、もしよその人がひろって、うちに入ってこられたら気持ち悪いから」。居候させてもらって、しかも錠の付け替えまで負担させるのは心苦しく、費用を払うと申し出ましたが「学生のくせに何を言っているの。だいじょうぶだから」と却下されました。本当に申し訳なく、不注意な自分を責めました。以降、鍵は家を出るときにチェック、カバンの中をいじるときもチェック、と鍵のありかに気を付けるようになりました。